読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

風間教の野望

風間教(かざまきょう)は、神奈川県川崎市を拠点とする宗教法人

 

風間教の組織体系は、風間八宏教祖を中心とし、11人+αの宣教師が川崎市民を中心に布教活動を行っており、その下に『サポーター』と呼ばれる一般信者が存在している。現在の信者数は不明だが、昨年の風間教の土日礼拝会にのべ356,976名を集めていることから、約2万人前後の信者が存在していると推測される。

 

■風間教の教義

・90分間こちらが攻めれば負けることはない。

・サッカーは、相手より多く点を取った方が勝つ。

これらはいたってシンプルなものであり、そしてまた、それは真理でもある。

 

■風間教沿革

川崎の地に風間教祖が降り立った当時、多くの人がその教義が異端であると、批判的な言動を投げかけていた。「0点に抑えろや」「まじめにまもれwww」等謂れ無き罵声を風間教祖は受けていたが、それにもめげず風間今日は教義を訴えた。その結果、風間教祖のありふれた自信と、教義の解りやすさから徐々に信者を集めて行った。

 

風間教の転機を迎えたのは2013年。大久保嘉人といういたって粗暴な青年が風間教の教えに感化され、宣教師となった。入信以前から大久保の能力は万人が認める者であったが、そのすぐ手を出してしまう性格から力を発揮しきれずにいたが、風間教の教え、そして息子の誕生により、その能力はいかんなく発揮されるようになり(ヴィッセル神戸当時92試合25得点。川崎所属後97試合67得点)、風間教の発展に大きく貢献した。

 

■風間教の今後

風間教は大きく発展したが、未だに口さがない人々から「0点に抑えないからいつもいいところまでしかいかねーんだよ」等の批判を受け、風間教祖は教義に下記を追加した。

・ボールを取られてもすぐ取り返せば得点チャンス

この新たな教えにより、今年度は得点力がさらにアップ。湘南戦では「4-4」と引き分けてしまったが、名古屋戦での「3-2」と勝ち越しに成功し、「『0点に守る』ということは『勝つ』という目的のための、あくまで1手段でしかない。」という教義に忠実に従った結果であり、『0点に抑えろ』という意見が如何に誤っているかについての明確な回答である。とは言うものの『0点に抑える』ということも大事な1手段であるとは理解しており、広島戦「1-0」甲府戦「4-0」と(何故か)しっかり守り切って勝てるようにもなってきている※

※ただし、得点力の低い甲府と、調子がいまいちな広島だったことからこれについては今後も注視することが必要である。

 

現在Jリーグ暫定1位。昨日大久保が怪我っぽい話がでているが、成長した小林悠や、幼少から「未完の大器」と呼ばれ開花しそうでしななかった森本が、風間教に感化され今年こそ爆発しそうな様子もあり、去年より宣教師は揃っている。

若干夏バテしやすそうなシステムであることから、夏さえ乗りこなせば、今年こそ、そう!今年こそ初の栄冠を授与できるのではないかと考えられる。というかお願いだから今年こそ優勝してください。憲剛や大久保が元気な今がチャンスなんです。そして風間教の偉大さを日本中に知らしめるのだ。日本のサッカー界を変えるために。

 

 

 

 

LGBTについて思う事

 

最近議員のLGBT批判が相次いでいるようです。

 

www.asahi.com

www.huffingtonpost.jp

 

そもそも仏教系教団が大本で自民党議員の多くが所属する「日本会議」も、LGBTに不寛容である。

 

 

■何故LGBTが嫌いか

LGBTに対して差別的な発言をしている方々が「だって俺嫌いだから」という個人的価値観を持って発言しているならば、それはそれで理解はできる。

b.hatena.ne.jp

こんな感じに所謂「デブ嫌い」「禿嫌い」等と同列として語る分には、まだ理解はできる。

 

然しながら多くが「日本の伝統的価値観が~」と、その理由を日本の歴史に押し付けようとしている。

 

■日本の歴史はLGBTに不寛容なのか

結論を言えば、LGBTに不寛容になったのなんて、明治以降~戦後から精々100年程度。

明治以降、海外からやってきた知識人から欧米のキリスト教的価値観が輸入され、結果LGBTに関して不寛容となった。(鶏姦律条例(明治5年)等)。

ただし、明治以降も男性同士の行為というものは存在しており、例えば森鴎外が美少年好きの話かいたり、大正~昭和あたりでは、いわゆるゲイバー/ゲイクラブが存在していた。LGBTに対し日本が決定的に不寛容になったのは、戦中(同盟国であるドイツ(ナチス)に配慮して)、戦後からであろう。

 

では、江戸時代以前はどうだったのか。

有名所で言えば

・江戸時代

 新撰組内部で男色流行って近藤勇が困ってたり。

 「東海道中膝栗毛」で同性愛の話書いてあったり。 

 葛飾北斎とか同性愛の春画かいてたり。

・戦国時代

 小姓という制度があった。(十代のうちに下につき、愛し合ったりすることで
 絆を深る。結果、大名の重臣となる)

 織田信長×守蘭丸

 織田信長×前田利家

 武田信玄×高坂昌信(信玄浮気がばれて謝る手紙とか残ってる)

 etc...

室町時代

 衆道大ブーム。三代将軍足利義満が能役者の世阿弥にぞっこんだったり。

・鎌倉時代

 神皇正統記に「今男色がブーム!」と記載あり。

奈良時代

 仏教ブームと共に男色もブーム。「稚児灌頂(坊さんと稚児の初夜の儀式)」とか
 あったり。

 

まあそもそも「日本書紀」に同性愛についての記述がある、という話もある。

 

日本の歴史というものは割と男色の歴史でもあるわけです。で、「日本の伝統的価値観」って何?と、思うわけです。

 

■何故わざわざ批判的主張をするのか

個人的にはこれが一番わからない部分。

別に他人なんだし男性同士好きになろうが、女性同士好きになろうが勝手にすればよいじゃないですか。なんでわざわざ他人の嗜好・志向を批判するのか。別に他人である男性同士・女性同士が恋愛しようが結婚しようが、批判している方々に損害があるわけでもなく。

「同性愛では子供できないから少子化に!」とかありますが、同性愛を規制すれば男女で恋愛するとでも思っているのでしょうか。本気で。

 

別段デメリットがあるわけでなく、メリットがあるわけでもなく。なのに何故これほどまで彼らは差別をしたいのか。そこが理解すらできないわけです。

 

なのに、何故彼らは自らを窮地に陥れることとなるとわかっていても差別的発言をするのか。誰か理由を教えてください。まじでわからんので。